「実行委員が召集されたんだから、もうそっちに任せちゃえばいいのに」
出店団体の資料整理。学祭実行委員にこれを渡せば引継ぎは終了する。それほど多い量ではないので、柚香と阿里の二人でやっている。
「ここまで関わったら最後までやらないと気になるじゃん」
杉本は須賀沼のサポートにまわり、実行委員長並みに走り回っている。
「もともと僕たち自治会の仕事なのにいつの間にか香月さんにもお願いしちゃってごめんね。香月さん要領良く片付けてくれるから助かるよ」
唯一の出入り口のドアから西口が射し込み、自治会室の中を照らしている。それだけなのに日暮れ間近の今の時間の光はとても眩しい。机も書類も白いので目がチカチカする。
「で、最近どうなの? 香月さん」
「え?」
「佐伯君と」
ザク。
「うわ。やっちゃったー……」
柚香は虫に齧られたようになった書類の端をつまみ上げた。
ファイルに通す為に何枚かまとめてパンチに通していたので、それらすべての端に半月ができている。これではファイルに通せない。
「……阿里くんなら大丈夫だと思ったのに」
「やっぱり何かあったんだ」
ザク。
失敗した穴から少し離した場所に穴を開ける。そのまま淡々と作業を進めていく。
「最近学校以外で会ってないよ」
そう返されても阿里の表情は変わらない。
「自治会とサークル連合の仕事が忙しいからね」
阿里がまだ何も答えていないのに柚香がそう答える。
「よし、できた」
柚香がメールを打つ。その5分後に、携帯が鳴った。
「杉本君たち、今講堂だって」
講堂前には須賀沼と杉本以外に何人かの学生がいた。圧倒的に女子学生の数が多いのは二人の顔の広さだろうか。
柚香たちが講堂に着いた頃には、ミーティングが終了して解散するところだった。
「お疲れ様でしたー」とバラバラに散って行く学生に柚香たちも同じように返す。
「おー、わざわざ届けてくれたんだ。ありがとー」
資料を手渡されてにっこりと返す須賀沼。
いつもの元気がないように見える。仕事の量は柚香の想像以上なのだろう。
「二人とも、自治会室戻る?」
「俺は帰って寝るよ。夜からバイトだしさ」
須賀沼が阿里の問い掛けにそう答える。
「庚、俺まだ自治会室でやってくから先、帰ってて」
「何か手伝うことある?」
「ない」
「じゃあ、ご飯作って待ってるね」
「あ、今日はビーフストロガノフがいい」
「おっけー」
二人とも下宿先は別々だというのにこの雰囲気というか流れは何かあるのではないかと柚香でさえもたまに疑いたくもなる。
毎回のことなので今更驚きもしないが、柚香よりも二人と付き合いの長い須賀沼も、面食らっている様子はない。 属性の違う二人の付き合う慣れ染めを聞いてみたいかもしれない、と柚香は考える。
日が傾き始め、4人の影が伸びてきた。周りの空気も冷たく感じる。
「さっむ~~~~~~。俺も帰ろ。じゃあ、杉本くん後はよろしく」
須賀沼は意味有り気な笑みを残して、自分のバイクが置いてある駐輪場へ走っていった。
せっかくの学祭だからいろいろ考えていることがあるのだろうが、ここの人間は企むのが本当に好きだ。自分たちも楽しまなければ、人を楽しませることも出来ない。
自治会室へ戻っていく杉本の背中を見送りながら阿里が柚香に提案をする。
「杉本君、遅いって言うし家で僕の学祭の仕事手伝ってよ。もちろん、晩ご飯もご馳走するからさ」
*
この部屋に来るのは何度目だろう。物は多いのに、いつ来てもちゃんと整理されている。
男の子っぽくない、カラフルな部屋。
「ちょっと用意してくるから、その辺座って待ってて」
と、阿里が奥の部屋に引っ込む。
柚香は鞄を床に置き、用意されたクッションの上にペタンと座る。放って置かれても何もすることがないので、もう一度部屋を見渡してみる。
珍しく、机の上に無造作にいろいろ置いてある。阿里が学祭で使うものだろうか。
プラスチックのケースに入った色とりどりの飴、細長いサテンでできたスカーフ、付け爪……
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ものすごい勢いでクエスチョンマークが幾つも柚香の頭を駆け巡った。それらの仕様用途を考えていると、こちらへ向かう足音が聞こえて来た。
「お待たせー。こんなのどう?」
振り返った柚香の先に立っていたのは、長い黒髪のウィッグを被り薄紫のベールをつけ、顔に同じく薄紫のベールを付けロングスカートを穿いたまさしくアラビアンな女性……?
目の前に立っているのが阿里だと理解できるまで、10秒。
その間にもアラビアン阿里は「あ、付け爪あったあった」とスタスタ柚香の傍を通り過ぎる。
ようやく現実に戻ってきた柚香に阿里が言う。
「香月さんも何か衣装探しておいてね」