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柚子日和。

#5  準備はOK?

 誰でも祭が近付くとわくわくドキドキする。
 それは祭の準備をしているスタッフが一番なんじゃないかと柚香は思う。わくわくした気分を自分たちの手で作ることができるから。
 柚香たちの大学は学祭2日間の前後1日ずつ、大学が休講になる。学祭に参加しない学生にとっては願ってもない連休となる。

 出店、警備、立て看板、宣伝。準備はできた。
 抜かりのない須賀沼は何かが起きた時のマニュアルも作ってあるらしい。柚香たちサークル連合の有志と自治会メンバー有志はお手伝い。だからそれほど気合を入れる必要はないけれど、イベントはいつも力が入るものである。
 前日はそれぞれの店や展示のテナントを作り、当日は学祭開始時間の2時間前から準備を始める。スタッフは当日朝9時に自治会室に集合し、軽いミーティングと全体の最終確認を行う。お手伝いのスタッフは一番人手のいる、学内の警備にまわる。
 時間当番制の為、時間までは自由にしていられる。

 阿里の出店する店は占いの館。阿里の店を手伝っているのは柚香の他に、同じ学科の学生が3人。
 柚香たちの仕事は学内で誰かを捕まえてきてもとい、占いに興味ありそうな人をここへ案内する役である。手伝いを頼んだ学生に出した阿里の条件はこんな感じだ。

「雰囲気出したいから、店の手伝い入る時は何か衣装着てね。何でもいいからさ」

 そういわれて柚香ももちろん、着ている。
 衣装を着るのはサークルで慣れているとはいえ、役柄でもこんな格好でいるのは恥ずかしいものである。お祭だから、多少変わった格好でも引かれる事は少ないはずだ。……例え、女装でも。
 阿里の変身振りは見事だった。
 この間、阿里の家で柚香が見たのはアラビアンナイトに出てくるような格好だったが、今日の阿里はまた別の格好だ。学祭の二日間とも違う衣装らしい。

「私、阿里くんにずっと同性に近いものを感じてたんだけど、ああいう格好すると益々違和感ないよね」

 と、柚香が隣の坂崎に話す。

「だよなー。俺もあいつと付き合い長いけど、あいつのことまだ理解できねー……」

 坂崎は阿里と同じゼミの学生。柚香は彼と話したことはなかったが、がっしりした体格とは裏腹に話しやすいタイプだ。とは言え、背の高い彼がグレーのスーツを着ると、何だか迫力がある。彼は彼女の新井と一緒に借り出されたようだ。
 彼女の新井は振袖だ。家が呉服屋らしい。動きづらそうだけど。

「俺らは普通に持ってるもの着たけど香月さんすごいね、それ」

「あはは。海外実習の時ホームステイ先でもらったんだけど、着る機会なくてね。ちょうどいいと思って」

 テントの外から誰かが走ってくる音がする。

「ちょっと、庚、香月さんいる!?」

 杉本が勢いよく、暗幕を開けた。直後、目の前に広がった光景に杉本は頭痛がした。

「……二人共急いで着替えて、講堂前に来て。香月サンは自治会室行って、出店団体の名簿取って来て」

 それだけ言い残して出て行った。

「坂崎、新井、しばらく抜けるからその間ここお願い」

 阿里はそう言うとチャイナドレスの裾を少し広げ、机に手をつきそれを飛び越えた。柚香は服の裾を踏まないように走るのに精一杯だ。いくらスカートの中にズボンを穿いているとはいえ、チマ・チョゴリは走るのに少々向いていない。

「阿里くん、やることカッコイイのに中国娘じゃ格好つかないよね」

 走っていく二人の姿を見た新井がぽつり。

*

 阿里が講堂前に走っていくと、櫻がいた。

「阿里さ~ん。ちょっと困ったことになっちゃいましたよー」
「どうしたの?」
「出店予定に入ってない団体がバス停にお店出してるんですよ~。聞いてませんって言っても聞いてくれないし」

 そこへ杉本が来た。

「どうやら、書類出したって嘘ついて店出し続けるつもりみたいだ」
「杉本君、ハイ」

 柚香が自治会室から走ってきて、名簿を渡す。

「ありがと。これで説得できるかな。庚、来て。香月サンたちはここにいて」

 講堂から少し離れたバス停まで歩いていく。気にはなるが、ちょっと軽そうな男子学生のようで少し怖いので柚香たちはここから様子を見る。

「ほら、名簿にお宅の団体名出てないよ」

 杉本がリーダーらしき学生に名簿を見せる。

「確かに出したけど。そっちが見落としてるだけなんじゃないの?」

 その学生は引き下がらない。

「ここはバス停で、学外からのお客も多く通るし通行の妨げになるから出店許可してないんだ」
「邪魔だっていいたいわけ?」

 一触即発。

 それまでずっと様子を見ていた阿里が口を開いた。

「まだ準備途中みたいでしたけど何のお店なんですか?内容によっては別の場所で許可出してもいいですよ」

 そういうと、学生の一人が答える。

「あー、あれ、大学の案内だよ。ほら、高校生も結構来るしさ、この大学のアピールしようと思って」

 苦し紛れの言い訳にしか聞こえないが、それに対し、阿里はこう答えた。

「じゃあ、ここでお店出さなくても僕たちの手伝いしてもらえますか?僕たち、自治会やってて学生課や学内の教授にも名前通ってるから一緒にいれば何かと便利ですよ」

 と、極上の笑みを返す。その笑顔には寒気すら感じる。

「いや、そこまで大掛かりなのをするつもりはないからさ、やめとくよ。ここ片付けて置くから、悪かった」

 その集団は急に態度を翻し、帰り支度を始める。

「片付けはこっちでやっておくから、帰ってもいいよ。時間余ったんだし、いろいろ見ていけば?」

 杉本がそういうとリーダー格の学生が答えた。

「そうか?じゃあ、お願いするわ。悪かったなー」

 そういって学生たちは学内には入らず、帰っていった。

「杉本さん、阿里さんすごーい」

 杉本たちが柚香たちのいるところへ戻ってくると、櫻が手を叩いた。

「力づくで追い出しても良かったけど面倒だし。庚はこういうの得意だから。櫻、何人か集めてあそこ片付けといて」

 杉本はまた自分の仕事に戻っていった。櫻は他の役員に連絡を取るのに忙しい。

「さ、香月サン、警備の時間までまだあるし僕たちも戻ろう?」

 かっこいいという認識を改めなければ。



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