嘘のつくりかた
04.噛み合わないピース
目下の悩みは、常日頃何かと張り合ってくる隣の席からのプレッシャーである。でも今日はそれも超える頭痛の種があった。
いつもはしない仕事のミス。小さなミスだが、あの佐伯さんに黙っているのはどうしても気が引ける。ここは気は進まないが隣の彼ならどうするか聞いてみようか。
「あのさ、例えば小さなミスをしたことに気付いて、でもそれはその仕事には何の問題もないものなんだけどでも黙ってられないときはどうする?」
どう切り出していいかわからず思っていたことをまくし立てた。
すると新倉はプハッと軽く息を吐き、いつもの笑い声で答えた。
「あのね、それじゃたとえ話になってないよ」
「ほんとだ」
「ほんとだ、ってアナタ……」
何がツボにハマったのか彼の笑いは止まらない。苦しそうに肩で息をしつつもまだ笑っている。
「そんなに笑わないでよ、こっちは相談してるんだから」
「ああ、そう、ね、ごめん」
笑い過ぎてにじんできた涙を拭い、新倉が私の正面に向き直る。
その距離約30センチ。
近い。近すぎる彼との距離といつもと違う彼の視線に少し戸惑った。
「謝ろう、はい。解決」
「え? それだけ?」
あまりにも簡単な答えに呆気(あっけ)に取られる。
新倉は自席の椅子にもたれ、足を組んだ姿勢で続けた。
「え? だってどう? これ謝るべきだと思うよ?」
何を驚いているのかわからないという顔の新倉。
「だって小さくて、もしかしたら気付かないかも知れないミスだとしても、成瀬は気になって仕方がないんでしょ?」
ここまで話した新倉がじっと私を見た。私は軽く頷(うなづ)く。
「じゃあ、もう謝るしかないじゃん」
「そうだけど。新倉ならもっとスマートな方法知ってると思って聞いたのに」
真っ直ぐこっちを見て言うものだから照れくさくなって慌てて横を向いた。
「そう思ってくれるのは光栄です」
言葉では謙遜しつつも態度はまんざらでもない様子の新倉。
「けどね? これが一番スマートな方法だと俺は思うよ?」
変わりなく偉そうに話している新倉を見ても今日は不思議と嫌な気分にならなかった。
いつもあまり視線が合わないままの会話なのに今日は私の方を向いたまま。そのせいか、彼が出任せを言っているようには見えなかったからだ。
けれどもどうにも落ち着かない。
私は時々新倉から視線を外しながら話を聞いていた。
誰だって整った顔の人間に見つめられれば意識していなくとも落ち着かなくなるものだ。
「で、その謝る対象は青ちゃんなんでしょ」
「どうして?」
「なんとなく。当たってんでしょ」
その後に新倉が小さく何か呟いた。
「え?」
「新倉さん何も言ってませんけど? 大丈夫? 疲れてんじゃない?」
かわいくない返答が来た。
「青ちゃんなら怒らないで聞いてくれるよ」
その言葉を最後に彼は椅子に座ったまま足で地面を蹴る。キャスター付きのそれはまっすぐ彼の席まで戻っていく。
いつもこうして移動しているのだろう、少しも後ろを見ていないのにどこにもぶつからない。横着すんな。
彼の言い方はぞんざいだったけれど嬉しかったのでさっきの小さな言葉は聞き返さないでおいた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
新倉はこっちを見ないまま抑揚のない声を私に放った。その様子に何か機嫌を損ねたのかと気にはなったがいつもの新倉に戻っただけかと思い直した。
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