嘘のつくりかた
03.青に染まる春
この会社は少し変わっていて、まだ入社間もない内に新入社員全員に社内でのプレゼンテーションが課せられている。“まだ何の色もついていない時だからこそ独自のアイデアが光るはずだ”という社長の意見で毎年大規模に行われるそれは他社で行われる社員研修の代わりだった。
この道を極めたいと入社を決めたのでその課題に私は寧ろ好戦的だった。
ただ、新入社員全員に渡された資料を元にプレゼンを行うことが最低条件だ。その渡された資料というのがそこそこの知識がないと理解できない、なかなかの曲者だった。
無難な道へ逃げてもプレゼンできないことはないが、それでは芸がない。目に留まらない。ここでできなかったらきっとこの先もできない。
大袈裟かも知れないがそれくらいの気持ちで臨まないとだめだ。
「相変わらずここの文献の多さにはびっくりするわ……」
通常業務が終わった後、私は毎日会社残ってプレゼン準備に追われていた。
準備期間は一ヶ月。時間はたっぷりあるように見えて、あの資料を元に内容をまとめることを考えると短い。周りの新入社員たちのほとんどは期限内に間に合わないことを恐れ、簡単にまとめて逃げるものも少なくなかった。プレゼンを行うことが最終目的でその練習時間も必要になるからだ。
そろそろ残り半分になろうという今、私は会社の資料室で謎を解く為の膨大な参考文献の量に泣きそうになっていた。
「もう、意味分かんない……」
キィ。
資料室の奥から音がした。
「あれ、まだ残ってる人いたんだ」
新倉だった。そう言えば隣の席に鞄がまだ残っていた。
すぐにコツを掴んでなんでもこなす器用さと整った顔。
そんな彼が、私はなんだか苦手だった。
「なに、何がわかんないの」
スルリと人の気持ちに入ってくる。新倉はそんなところがあった。
私の気持ちなんて知るわけもなく、彼はスタスタと私の側まで近寄ってくる。目の前に伸びてきた手に思わず目を瞑った。
ふわっと手元が軽くなったことに気付き、目を開けると私がさっきまで格闘していた文献を彼がパラパラとめくっていた。
「あー、これでも間違いじゃないんだけどね」
すぐに返してくれると思ったそれはそのまま新倉の手に置かれたまま私の視界から消え、別の列の棚へ移動した。
何か嫌味でも言われるんだろうか、ただでさえ泣きたくなる状況なのにこれじゃ本当に泣きそう……そう思いながら彼の音を聞いていた。
「はい。こっちの方がわかりやすいよ」
そう言って彼は選んできた本を私の前に差し出す。差し出されるまま両手で本を受け取った。
意外だった。
少し涙声になりつつある声をなんとか整え外に出す。
「……ありがとう」
「俺もね、やりたいことあってこの会社入ったんだけどね? さすがにこれはキツかったわ。でもここが戦いの始まりなわけでしょ?何、戦いの始まりって」
自分で話し出して自分の言葉に迷っている。私はなんだかおかしくなって吹き出した。
「とにかく最初からつまづいてたら俺これからできそーにないもん」
笑われて格好がつかなくなったのか語尾を投げ気味に新倉が呟く。それが更におかしくてまた吹き出しそうになったが、少しかわいそうになって片手で口元を抑えた。
そうしながら少しいじけている彼を横目にこの人もそう考えるんだと嬉しくなる。
「新倉、さんはもう準備終わったの?」
そう言って新倉を見ると彼は唇の右端を上げにやりと笑った。
「持つべきものは社内の知人ですな」
「社内の人間に答え聞いたの!? ずるい!」
今までの彼に対する勝手な思い込みに反省していたところだったのに。
「いやいや、それじゃカンニングになっちゃうでしょ。俺はヒントもらっただけ。知ってる? 営業部の佐伯青。あれ俺の幼馴染」
それでもずるい……と小さく呟くと新倉は
「だからフェアになるようにアナタにも教えたでしょ?」
と、尚得意そうな顔をして答えた。
それが新倉とまともに話した最初だった。
その後のプレゼンで賞をもらった社員の内二名は私と新倉だった。
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