嘘のつくりかた
05.今日は明日の通り道
佐伯さんとの仕事は何事もなく順調に進んだ。「どした? なんかいつもの成瀬と違うみたいだけど」
取引先からの帰りにそう佐伯さんに言われた。
佐伯さんのことだから多分、朝からずっと心にありながらも言わないでいてくれたのだろう。昨日新倉に相談したものの、いつ言おういつ謝ろうとずっとタイミングを図っていた。それが裏目に出ていたらしい。
「すみません」
何だかもう申し訳ない気持ちでいっぱいになり、その言葉しか出なかった。
「仕事に差し支えなければ俺は全然いいんだけどさ」
とニッコリ笑う爽やか王子。あぁ、優しさが今の私には突き刺さる……
「成瀬、気分悪い?」
「あ、いえ違います大丈夫です」
「ほんとに? 体調悪かったらすぐ言ってね? タクシー捕まえるから」
近いとは言え、今日に限って営業車空いてないんだもんなぁと佐伯さんが隣で不満そうにぼやく。
「佐伯さん」
「救急車呼ぶ? ちょっと待って」
極度の心配症らしい佐伯さんは私の呼び掛けにものすごい速さで反応し、今まさに携帯で電話を掛けようとしていた。
「あのっ! ご心配は有り難いんですが、救急車呼ばないで頂けると更に嬉しいです……」
慌てて佐伯さんを両手で制する。
「ごめんね、俺身内に体弱い人間がいるからこういうのだめでさ」
ほんとに大丈夫?と最後に念押しをしてから佐伯さんは鞄に携帯をしまった。
「すいませんでした!」
体を思い切り上下に半分に折る。
「成瀬? 急にどうしたの」
先に出す言葉は他にもあっただろう。でも咄嗟に出たのはそれだった。
謝ったままの姿勢で元に戻らない私に佐伯さんが声を掛ける。
「ほんとにどうした? 何か悩み事?」
頭は下げたまま、佐伯さんに例のことを伝える。顔を見て話す勇気はない。
「実はこの間佐伯さんに頼まれていた仕事でミスをしました……申し訳ありませんでした」
どんな反応が返ってくるだろう。まるで死刑宣告を待つような気持ちで佐伯さんの次の言葉を待った。
深く息を吐く音が聞こえる。その反応だけでもう怖くて顔を上げられなかった。
この仕事の担当から外されても仕方がない。
「成瀬の言ってるのはこれ?」
佐伯さんが鞄からファイルを取り出して見せる。
「そう、です……」
「小さなミスだから言わなくても大丈夫だと思った?」
「いえ、すぐに気付いてお知らせしようと思ったのですが、既に佐伯さん出られた後だったのですみません」
もう幾度口に出しただろう。
「まぁ、大したミスではないし、出る前に俺が気付けたから良かったよ。それ以外の重大な内容に関わるところにはミスはなかったから」
佐伯さんが少し苦虫を噛み潰したような顔をしながら右手で頭をかく。
「今回は正直に申告したから許す。ミスをしたことはいいことではないけどミスをしたことに気付かないのが一番たちが悪い。これからは気付いたらすぐに言うように。俺はこれからも成瀬と仕事したいと思ってるからね。お世辞じゃなく、成瀬のこと認めてるから」
当たり前だけれど、やっぱり佐伯さんは先輩で、上司で。ただの軽いミスだと考えていた自分に更に落ち込んだ。
佐伯さんがポンポンと私の頭を叩いた。
「成瀬のその真っ正直なところ、俺は買ってるよ」
少し驚いたがその手は優しく、少し視線を上にやると笑顔が見えて少しホッとした。
「ごめん、成瀬も大人なのに。つい妹にするみたいにしちゃった」
そう言った彼は最後にいつもの笑顔に戻った。
妹がいるなら彼の面倒見がいいのも頷ける。
でも、これは私が妹のように頼りないと思われているからだろうか。
「本当に申し訳ありませんでした」
一歩後ろに下がり姿勢を正し、改めて頭を下げた。
「もっと早く言えば一日しんどいこともなかったのに」
「言うタイミングを一度逃すとどんどん言いづらくなってしまって」
「あー、わかるわかる。俺も新人の時そうだった」
「ですよね」
思わず同意すると「こら、反省してんの?」とお灸を据えられた。私は肩をすくめたがすぐ顔が綻んでくる。
自分と仕事がしたいと言ってくれたことが嬉しかった。佐伯さんに指摘されてからミスを認めていたらこの先仕事なんて一緒にできなかっただろう。私の場合申し訳ない気持ちが先行して自分の意見もこの先言えなくなる。
それにお互い信用できなくなってしまう。
「このこと、にいに相談した?」
安心と嬉しさでいっぱいになっているとまたもやこの人は。
「……不本意でしたが。他に相談できる人もいなかったので」
「あはは。で、にいはなんて?」
「自分が気になって仕方ないなら謝るのが一番。佐伯さんなら怒らずに聞いてくれるよと」
佐伯さんはそうそう、と2度頷く。
「にいらしいな。でも俺だって怒るけどなぁ」
「すみません」
「成瀬が謝らなくていいよ。なんだかんだにいと成瀬仲いいよなぁ。うらやましーわ」
「佐伯さんと新倉だって仲が良いですよ」
「そっちじゃないんだけど」
「え?」
「いや、別に。本当に何かあったのかと思って心配してたから良かった」
そう言って佐伯さんは急に立ち止まり私の頭をクシャっと撫でて右手を差し出した。
佐伯さんの中では私の頭を撫でるのはナチュラルなものになったらしい。
「これからもよろしくね」
私も右手を出して応えると、佐伯さんは力強く握り返した。
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