嘘のつくりかた

02.ストラテジー時限装置

取引先に向かう時間にはまだ余裕があった。
 てっきりどこかで適当に買って移動中の車の中で済ませると思っていたお昼。それは天気のいいポカポカ陽気の下で始まった。
 買いに行く時間がもったいないからと佐伯さんが用意してくれていたものは。会社近くのデパ地下で少し並ばないと買えないOLに人気のサラダやお惣菜だった。あの短時間でこれだけの種類をどうやって揃えたのだろう。
 公園にはお昼休み特有のゆったりした雰囲気が流れていて、周囲には同じようにお弁当や買ってきたものを広げている人たちがいる。

「……何か企んでます?」

 予想外の出来事にまた何かややこしい案件を抱えているのだろうかと佐伯さんの様子をうかがった。

「いや別に。リサーチついでにね」

 微笑んで返されるとそれ以上の追求が出来なくなってしまう。仕方なく私は目の前のランチに意識を向けた。
 佐伯さんと一緒に仕事をするようになって1年。入社2年の差でこんなにも変わるのだろうかと驚く程、彼の仕事振りを側で見ているのはとても勉強になった。それにも関わらず彼との外出にいつも苦笑いを隠せない。それは彼の担当している取引先のお陰だ。
 取引先のほとんどは一癖も二癖もある担当者のいる会社ばかりだ。普通なら一度でOKを貰えるような事案でも何かと注文をつけて引き下がらない。その注文は多種多様。
 佐伯さんはそんな担当者たちとの交渉が上手かった。できないことはできないとはっきり伝える代わりにそれに遜色ないものを必ず提示して相手を納得させる。もちろんそれに伴う社内へのフォローも忘れない。これも彼の人徳の成せる技なのだろう。
 それに加えて自信に満ちた意思の強い笑顔。それが彼の武器だ。私も最後にはその笑顔にいつも丸め込まれていた。

「ところでさ、もしかしてにいと付き合ってる?」

 大好物のサーモンサンドに夢中になっていると、突然爆弾投下してくれたこの爽やか王子。

「どこをどういう風に見たら私と新倉が付き合っているように見えたんでしょうか」
「成瀬、お茶こぼれてるこぼれてる」

 注いだばかりのお茶の入った紙コップを思わずグシャッと握りつぶしていた。すかさず佐伯さんがハンカチを差し出してくれる。

「いや、あんなににいが女の子と、っていうか人と仲良さそうにしてるの珍しいから」

 佐伯さんがニコニコと嬉しそうに話す。

「そんなに珍しいんですか?」
「うん」

 間を空けず相槌あいづちが返ってきた。

「にいは興味ないと話し掛けもしないからね。仕事ではさすがに最低限のコミュニケーションは取るみたいだけど。あ、これうめぇ」

 海老とアボカドの入ったサンドイッチを頬張りながら佐伯さんが話す。みるみるうちに口の中へ消えていくサンドイッチを見ながらも私が知っている新倉のイメージと違う一面に驚いていた。

「私の目には誰とでもヘラヘラ会話してるようにしか見えないですよ」
「それがにいの処世術なのかもね」
「あの話し方もですか?」
「俺と会ったときには既にあんな感じだったからなぁ。本人に聞いてみたら?」

 佐伯さんは時々意地悪だ。私はサンドイッチの残りを食べた。
 新倉は話してみると言葉ほど女っぽいわけではないが、あの口調は気にはなる。

「にいは怖がってんじゃないかなって思うけどね、俺は」

 怖い?
 あんな風に柔らかい言葉で誰とでも調子よく話している新倉を見ているととても苦労しているようには思えない。
 それが無理をしていると言うのであれば、相当な場数を踏んでいるように思えて逆に怖い気もする。
 新倉は私の前でいつも楽しそうに笑っているがそれは私をからかって遊ぶことが楽しいに過ぎない。


 気付くと一抱えもあったサンドイッチを佐伯さんは既に食べ終えていて、広げたランチの残骸を片付け始めていた。
 私が抱えていたサラダの容器だけを残し、他のものは既に佐伯さんが停めている車へ向かう途中のゴミ箱へ捨てていた。私は慌てて佐伯さんを追っ掛けて助手席に滑り込んだ。  乗り込んで息をついた私を見て、佐伯さんは小さくガッツポーズをしてハンドルを握った。  
「よし。これからのK製薬との仕事もしっかりこなせるね」

「マジですか……」

 行き先は厄介ナンバーワンの取引相手だった。
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