嘘のつくりかた
16.嘘つきのつくりかた
「どうせならあいつの言う通りにしちゃおう」佐伯さんの提案。
「もちろん、これはにいを嵌めるための計画で俺はあくまで手伝うだけ。にいがどう出てくるかカケだな」
「カケ……」
「成功するかは成瀬にかかってるからね」
佐伯さんは率先して時間を空けてくれた。そればかりじゃ申し訳ないので佐伯さんの仕事は行けるだけ同行した。
おかげでこれからの自分の力の一部になって少しだけど自信もついた。
仕事が早めに終われば喫茶店の奥の席に陣取ってアドバイスをもらう。
「箇条書きに並べたアイデアとはいえ鋭いとこついてくんだよな、にい。あーなんかムカつく」
佐伯さんが両手を上げて背もたれに体を預ける。そのまま後ろに脱力。
「これいい思い付きだと思うんですが、どう実現するんですか……」
新倉なしに進めるのはやっぱり無謀だったかもしれない。
「にいに任せちゃえばいいよ。言い出しっぺなんだから。大元はあいつの責任でしょ」
助っ人とは思えないやる気のない声が返ってくる。
「無責任なこと言わないでくださいよ」
「無責任なのは放ったらかしにしてるにいでしょ」
佐伯さんの姿勢はそのままの為、表情は見えない。
それでも新倉への不満が漏れている。
一度決めたことだけれど付き合わせてしまったことに今更申し訳なくなってくる。
「すみま……」 「あ」
新倉の書いたアイデアの紙を持ったまま佐伯さんが元の姿勢に戻す。
「なんですか」
「この分野なら俺知り合いいるから紹介するよ」
「ありがとうございます。だいぶ進めて頂いてすごく助かってるんですが、いいんでしょうか?」
「最初に進めとけっていったのはにいでしょ。言質は取ってる。その通りにして成瀬が文句言われる筋合いないよ」
確認したのはそこじゃないんだけどな……改めて言うと失礼だと思い、はいと頷いた。
「ただ俺と一緒にいるところを見せつけたところで今のにいには効果がない。仕事で刺激する方が負けず嫌いのにいには最適だろうね。にいには必ず進捗状況をメールで報告すること。日付と同時に証拠も残るからね」
佐伯さんの腹黒い部分がまた見えた。
それでこそ営業部エース佐伯青だ。私の尊敬する先輩。
佐伯さんは携帯を少し気にしてから言った。
「時間詰まってたら行ってください。今日はここまでにしましょう」
「うん、じゃあそうしよっか」
テーブルの上に広げた資料を2人でしまい始める。
片付け終わり、佐伯さんはもう冷めてしまったコーヒーを飲み干した。
「うちの会社の資料室に俺のオススメの本あるんだけどそれ読んどいてくれないかな? 成瀬はまだ今日時間あるでしょ?」
ということは今日中に見ておけと言うことか。
私が止めるのも聞かずにレシートを掴んだ佐伯さんを追っ掛けて私もレジへ向かった。
就業時間を少し過ぎた人もまばらな社内。
資料室にも人の気配はなかった。
佐伯さんに指定された本はすぐに見つかった。高い位置に置いてあった本だけれど少し手を伸ばせば届く位置だ。
これなら補助なんて必要ないだろう。
本が並んでいる棚の端に左手を置いて右手をピンと伸ばす。それと同時に爪先を少し伸ばす。
届かない。
更に爪先を目一杯伸ばしたとき。本の背表紙の端に指が届いた。
「やった」
左手はバランスを取るために棚を掴んでいて、指が届いただけの本を支えることはできない。
もう少し本を傾ければ背表紙を掴むことができる。
「きゃっ」 「いってっ」
頭の上に本は落ちてこなかった。
本が当たったのはたぶん私をかばってくれた人の背中。
「……脚立ならそこにあるでしょーが」
「……ごめん」
本棚に手をついて私の壁になってくれたのは新倉。
「本取るよりこの方が早いと思っただけだから」
私が無事なのを確認すると落ちた本を拾い上げる。
「はい」
本を手渡された時に新倉と目が合った。
「なに泣いてんの」
新倉にどんなに冷たくされても大丈夫だったのに体温を感じたら涙が出てくるなんて。
「な、ないてない」
慌てて下を向いた。
「俺のライバルはこんな情けないはずじゃないんですけど」
「情けないのはそっちじゃん」
滲んできた涙を指で拭いながら苦し紛れに返した。
「そーね」
新倉があっさり認めた。
「メール見た。ってか見てた。青ちゃんのおかげもあるんだろうけど、正直アナタがここまでやるとは思ってなかった。力があるのは知ってるけどいつも俺がフォローしなきゃいけないと思ってたから」
――だってアナタ肝心なとこ抜けてんでしょ。
久し振りに聞いた新倉の皮肉だった。
新倉の顔をじっと見つめる。
「何ほうけてんの。褒めてるっていってんの。アナタ自分の力が上がってるって気付いてないの?」
コンペの準備を手伝ってもらいながら佐伯さんについていくのが精一杯だった。
「それが青ちゃんのおかげだなんてのが気に入らないけどこの分ならコンペいけんじゃない?」
いつもの新倉だ。でも、違う。
頑張ってねと後ろを向いた新倉のスーツの裾を掴んだ。
「新倉がいなきゃ進めらんない」
「青ちゃんがいるでしょーが」
足を止めることができたものの、新倉は背を向けたままだ。
「佐伯さんにはアドバイスを貰ってるだけで重要な部分には関わってない」
「へ?」
予想外の出来事だったのか、掴まれたスーツの裾を振り切る勢いで新倉が振り返った。
突然のことに私はバランスを崩しそうになってすんでのところでとどまった。
「あんなめちゃくちゃなものあんた以外できるかバカ!」
「あれなしじゃ意味ないでしょーよ」
「確かに佐伯さんは鋭いところついてるって言ってたけど」
「さすが青ちゃんわかってる! あ、やべあいつのこと褒めちゃった。ここに来いって言うから来てみればいねーし」
私も佐伯さんに嵌められた。
新倉は不機嫌そうに下を向いたまま続けた。
「俺が休んでたときもケガしたんだってね。もっとちゃんと周り見なさいって言ってるでしょ、アナタ」
顔上げて私を見つめたその目は見たことのないもので。
「もう大丈夫なの?」
優しく声を掛けられたものだから言葉を忘れて1度首を振った。
そ、良かったと新倉が本棚に軽くもたれた。
「俺、結構不安だったんだわ」
私の返事を待たずに続ける。
「アナタがどんどん離れてくのが。青ちゃんには敵わないって。離れてくなら自分で遠ざければ楽かなって思った。でもその方がキツかった」
溜まった息を吐くように話す新倉。
「どうして今日はそんなに弱気なの?」
「弱気にもなるよ。成瀬のこと好きだから」
「嘘だ」
咄嗟に出てきた言葉だった。
「嘘ついてどーすんのよ、こんなこと」
「だって新倉嘘つきじゃない」
「あーもうっ」
新倉が左手で頭をかきむしる。
「あいつの前では泣いたんでしょ。俺の前では強がってるくせに。知ってんのよ、俺」
「あんたみたいな人を前に弱気でいたら進む仕事も進まないでしょ」
「俺はいつも真面目だって言ってんじゃん」
「泣いたの誰のせいだと思ってんのよ」
このまま流すつもりだったのに口をついて出てきた。
「さぁ」
新倉は平然と返す。
「あんたのせいに決まってんじゃない」
引っ込みがつかなくなって理由を言った。
新倉が私の方を初めて向いた。口元には笑みが浮かんでいる。
「ねぇ、それどういう意味?」
「いっつも嘘つく人なんて好きじゃない!」
「その嘘のプロにそんなの通用しないのわかってんでしょ」
「そこは自信を持つところじゃない」
「嘘つきは俺の専売特許ですし?」
2度目はふんわり煙草の味がした。
「前から気になってたんだけどどうしてそんな話し方なの?」
「さぁ、忘れた」
「嘘」
「青ちゃんに聞けば?」
「佐伯さんも知らないって言ってた」
「あの人こそ嘘つきだわ」
クククッと喉で笑ういつもの笑い方。
小さくこぼれた言葉は聞こえなかったことにする。
「で、なんで」
「俺さ、こんな性格でしょ?」
「面倒な性格だって自覚あるんだ」
「俺のどこが面倒なのよ。まぁいいわ。口調だけでも柔らかくしたら薄まるかなと思ったの」
「それだけ?」
「本当のこと言ってダメージ受けんのが嫌なの。嘘で壁作ってそれに否定がきてもそれは本当の俺じゃないから傷も浅い」
「メンタルよわ」
「俺だって普通の人間なの。わかった?」
もう一度ぎゅうっと抱きしめられる。
聞こえてきた鼓動の早さを確認してから同意した。
「わかった」
これのどこがメンタル弱いというのだろう。
言葉は相変わらず憎たらしいけど抱きしめてくれる腕は優しい。
「俺ね、すっごいヤキモチ妬きなの。覚えておいてね」
本当にこれは新倉なのかと疑ってしまうほど、くすぐったい優しいキス。
そんな私の思惑を見透かした新倉が言った。
「抱きしめたいと思うのも、キスしたいと思うのも成瀬だけ」
私も彼の背中に回した両腕に力がこもる。
「ずっと前から好きでした。俺のそばにいてください」
*
「俺の言うこと信じれば間違いなかったでしょ?」
新倉のようなことをいったのは佐伯さんだ。
彼にも元々あったのかもしれない。
「良かったな、成瀬」
「はい」
彼はもう私の頭を叩くことはなくなった。
その代わり仕事に対して更に厳しくなった。私を信用してくれてるからだとわかっているので平気だ。
「コンペも順調みたいだしほんとにこれはいけるんじゃない?」
「俺のおかげね」
缶コーヒを片手に歩いてくるのは新倉だ。
「サボってたお前がよく言うよ」
「サボってないわ、他の仕事忙しかっただけだわ!」
「俺がいなきゃ今頃どうなってたことか」
「青ちゃんいなくてもどうにかなってたわ!」
強がりにもなっていない強がりを返す新倉。
ムキになっているのがおかしくて吹き出した。
「相変わらず賑やかですね」
「涼」
「部長が呼んでるわよ、お二人さん」
「コンペのことかな、そろそろ発表でしょ」
「うわ、そんなこと言われると緊張するんですけど」
佐伯さんの言葉に緊張で体が固くなる。
ポンと肩を叩かれて振り返ると新倉が不敵な笑みを浮かべて立っている。
「俺がついてんだから大丈夫」
「うん」
新倉が缶をゴミ箱へ放り投げた。
「後で奢れよ、にい」
「私もね」
「うるさいわ!」
少し先で私を待ちながら新倉は佐伯さんと涼に一蹴する。
そんな新倉を小走りに追っ掛けた。
END
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