嘘のつくりかた
番外編 3秒後に世界が終わるなら
1.きっかけ
会社の入り口の階段を上ったところで眠くなるような心地良い空気をまとった風が吹いた。その風がふわっと甘い匂いを残して通り過ぎていく。少し気の重い俺を更にやる気のないものにさせる春。
毎年恒例の新人研修を兼ねたプレゼンテーション。
今年は適当な理由をつけて早々に社を出るつもりだったのに上司に捕まった。新人発掘も仕事のうちだと。
先を歩いて行く上司に気付かれないように深い溜息をつく。正直やる意味があるのか疑問の多いこのイベント。
社長の意向のおかげで毎年開催されているが上の人間もうんざりしてきているのは一目瞭然。
課題が難しすぎるのだ。それに対応できる新人がいるだろうか。
「青ちゃん!」
少し離れた場所から俺を見つけて近づいてくるのは後輩の新倉一海。
「青ちゃん、久し振り」
「久し振り。やっぱり来たんだな、うちに」
「やりたいことあるからね」
実力主義第一のうちの会社。力さえあれば年齢関係なく自分のやりたいことを実現できる。
年功序列の少ないうちの会社に夢をもって入社してくる人間は多い。俺もにいもその1人。
プレゼンが行われることは内定した時から知らされているはずで時間は十分にある。
慣れない環境で新しいことを覚えながら準備を進めるのが大変なのはみんな同じ条件だ。
俺もこの時はかなりキツかった。
「プレゼンの調子は?」
「誰に言ってんの。できないわけないじゃん」
相変わらず自信たっぷりのにい。
その自信通りに物事を進めていくのだから苛立ちを通り越して羨ましい。
ところがにいは口角を少し上げ、俺の顔色を窺うかがう。
「でもさ、ちょーっとわかんないとこあんのよね。青ちゃん、ヒント教えて」
社内の人間に助けを乞こうのはルール違反。自力で仕上げるのが第一の審査基準。
それがわかっていながら聞いてくるってことはこいつでも苦戦してるってことか。
「規定知ってるだろ、にい。評価落ちるぞ」
「未来の優秀な社員の頼みでも?」
「自分で言うな。参考資料なら教えてやる。ほら、これ」
スーツの内側から手帳とペンを出していくつか本のタイトルを走り書きする。
にいが覗き込んでくる。
「うちの資料室にも確かあったから見てくるといいよ」
難題過ぎる課題に自分も先輩に参考になる本を教えてもらったことがある。
実際、参考資料がわかったところで力がなきゃ一緒だ。
「ありがと青ちゃん。助かるわ」
にいは俺の書いたメモを少し掲げて、「また飲みに行こ」と言って走っていった。
*
開催された新入社員プレゼンテーションは案の定、例年通り大半が可もなく不可もなく。無難にまとめているものばかり。
にいのプレゼンはムカつくほどよく出来ていた。これ別に俺の助けいらなかったんじゃねーか。
他にも何人か気になる社員はいたが中でも特に気になった人物がいた。
少し拙つたないけど着眼点が面白かった。
「俺の見てくれた?」
ロビーで俺を見つけるなり駆け寄ってくるにい。
一度始めたものは何でもそつなくこなすのに何故か決まって俺の反応を見る。
「正直驚いた」
悔しいけどいつか追い越されるかもしれないと思った。
「よっしゃ」
にいが左手を軽く後ろに引いて小さくガッツポーズする。
「気になるのがもう一人いたんだけど……成瀬日向ひなたって知ってる?」
にいは軽く頷いて答えた。
「ああ、成瀬サンね。俺の隣の席」
「へぇ」
部長に進言して成瀬を俺の下につけてもらうようになるのはこの後すぐ。
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