嘘のつくりかた
14.交差する嘘つきな感情−sideN
目の前には俺に睨みをきかせる成瀬。クーラーの効いているオフィスと違って利用する者が少ないこの階段は熱気がすごい。
この状況と合わせて気持ちが悪い。
既に空いている首元の隙間を更に空けた。
「別に避けてませんよ」
壁に背をつけると少しだけ体温が下がった。ほんの少しだけ。
「嘘」
「俺、再来週頭までに仕上げなきゃなんない仕事あんの」
「それこの間聞いた」
適当にはぐらかして戻ろうと思った。
俺の返答にすぐに反応する成瀬対してうまい返しも見つからない。
成瀬の尖った視線もそのまま。
「それとは別のやつ。俺優秀だから忙しいのよねー」
――なんでこのタイミングで。
小さくこぼした。
確かに新人研修の時のプレゼンを見てこいつと一緒にやったら面白いと思った。
めんどくさいと思ってたことも楽しめるんじゃないかって。
「何を怒ってるのか知らないけど、若いからとか経験ないからって信用されてない中で部長にコンペに選んでもらったことがどんなに嬉しかったかわかる?」
聞こえていないと思った最後の言葉は成瀬に聞こえていたようだった。
「こんなチャンス滅多にない。足引っ張るならおりて。私一人でやる」
強い意志と拒絶の目。
俺に一方的に否があるのは認める。それでも言われ放題の状況にイラついた。
「じゃあお気に入りの青ちゃんと組めばいいじゃない。あの人ならアナタに合わせてくれんじゃない」
「……そういう気持ちだったの? だから部長に私と組むのか確認したの?」
「……青ちゃんとの仲に水を差したくないだけよ」
言うつもりのない嘘が顔を出した。
「……今更?」
今までに聞いたことのない怒気をはらんだ、でも悲しそうな声。
悲しそうに聞こえたのは俺の身勝手な気持ちからかもしれないけど。
「じゃあなんであんなことしたの」
成瀬は静かに言い置いて去っていった。
追い掛けようとした足がキュッと床と摩擦して止まる。
それに続いて聞こえてきたのは目障りな諸悪の根源の足音。
「お前ほんとに何やってんの」
抑揚のない声が飛んできた。
「よくもまぁ、次から次へと。いつから覗き見するようになったの青ちゃん」
「ここ、声よく響くから気を付けた方がいいよ」
「ご忠告どーも。最近青ちゃん暇なのね」
「仕事に私情挟むの嫌いだったくせに。しっかりしろよ、にい」
ハッと鼻から息を吐いた。
「まさか青ちゃんにそう言われる日が来るなんて思ってもみなかったわ。青ちゃんに心配されなくてもこの俺ですよ? 上手くやりますよ」
「上手くやる、ね。そんなこと言ってるようじゃ今度のコンペはだめだな。成瀬の言う通りさっさとおりれば? お前らしくない」
もう、笑いしかこみ上げてこない。
「俺らしいって何? 青ちゃんの知ってるのが本当の俺だとしたら、それはニセモンだ」
もう、限界だ。
「ほら。俺に構ってないで追い掛ければ。あいつ」
黙ったままの佐伯に左の手のひらを下にして上下に振る。
「いい加減呆れるよ、その姿勢に。そんなにお望みなら俺がお前の足元掬ってやるよ」
佐伯は俺が追い掛けられなかった成瀬の後を迷いなく歩いて行った。
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