嘘のつくりかた

15.偽想考作

 目の前に見えた友人の背中に思い切り飛びついた。
 
「私あんたの駆け込み寺じゃないんだけど」

 返ってきた言葉は慰めでも非難でもなく文句だった。

「そんなこと言わないで聞いてよアネゴ」

 背中に縋すがり付いたまま、やや鼻声の声を上げる。
 涼すずは会議資料をまとめる作業の為に空いていた会議室へ向かうところだった。
 大量の資料が積まれた台車を扉の脇へ寄せてから取り出した鍵で部屋の鍵を開ける。

「誰かが真似するからやめて。それと鼻水つけないでよ。その服気に入ってるんだから」

 涼は振り向かずに返す。

「話なら聞いたげるからさっさと背中から離れて中へ入る!」

 涼に促うながされて彼女の押す台車の後に続いて部屋の中へ入った。
 会議室の奥の真ん中の席に陣取って涼が作業を始める。
 私はおもむろに涼の後ろへ空いている椅子を移動させ、再び背中に腕を回して座った。
 今度は文句は飛んでこなかった。

「いつもの日向ならパパッと解決できてたでしょ、面倒事は嫌いだって」
「面倒じゃない」
「何が不満なの」
「人をわがままな子どもみたいに言わないでよ」
「違うところを見つける方が難しいわね」

 へこんでいる私にも全く態度を変えない涼と伝わる体温になんだかホッとして徐々に胸の不安が治まってくる。

「……あたし新倉に何かしたかな」

 涼の背中に顔を埋めたまま出した言葉。
 聞いて欲しくて出たものだけれど恥ずかしかったから。
 さっきまで我関せずで淡々と作業をしていた涼の手が止まった。

「やっと気付いたか」
「え?」

 伏せていた顔をパッと背中から離して涼に確認をした。

「何を?」
「それは日向自身で確かめなさい」

 涼に回した腕を外して涼の隣に座り直す。

「よく考えて、周りを見ればわかるはずよ。あんたバカだけどほんとのバカじゃないわ」
「うわ、きっつ。そんなに邪険にしなくてもいいのに」

 ビクッとなった肩をすくめたまま声が聞こえた入り口を注視した。

「この子鈍感だから時には言わないと気付かないんですよ」

 涼は声の主が初めからわかっていたようにたんたんと返す。
 咎とがめられなかった声の主は薄く開いていたドアから入り後ろ手でパタンと閉めた。

「ああ、それには俺も同意する」

 そういえばさっきドアをちゃんと閉めた覚えがない。

「私は言いたいこと言ったんであとのフォローはよろしくお願いしますね、佐伯先輩」

 口だけでなく抜かり無く手も動かしていた涼。
 まとめたレジュメの束を何部かに分けて机の上に軽くトンと置いて端を揃え、次々と箱に詰めていく。

「気をつけないといつか佐伯さんもストーカーって訴えられますよ」
「肝に銘じとく」

 パタンと会議室のドアが閉まると同時に佐伯さんが答えた。

「高梨さんって結構はっきりモノ言う人だったんだね。知らなかった」
「オンとオフの切り替えが上手いんです」
「物は言いようだね」
「でも、その性格に救われてます」

 佐伯さんは少し微笑んだ。
 そして私の席から1つ空けた椅子をクルッと左に向けて座った。

「さて、俺は何をフォローすればいいのかな?」
「聞こえてましたよね?」
「最後だけね」
「新倉は私と仕事をすることに不満なんでしょうか。あいつに比べて仕事できないから」

 真面目に答えたのに佐伯さんは目を丸くして答えた。

「ごめん、えとバカなのかな?」
「な」
「バカにバカって言って何が悪いの」
「涼に負けないくらいはっきり物言いますね」
「俺ももう後がないからね」

 目を伏せて佐伯さんが呟いた。
 少し怪訝な顔をすると「こっちの話」とさっきの表情なんて嘘のように含み笑いを浮かべた顔を私に向けた。

「成瀬、もしかして今まで男の人と付き合ったことない?」
「……どうしてみんな揃えたように同じことを聞くんでしょうか」
「だってお子様的思考なんだもん」

 唇を尖らせるとお子様を助長することになるのでやめたら変な顔になったらしい。
 佐伯さんに笑われた。

「成瀬だって自分で気付いてるんでしょ?」

 そして更に反論の余地を与えず畳み掛けられる。

「何をっていったら怒るよ」

 開きかけた口を閉じた。

「あーあ、俺これからフラれるのか」
「何も言ってません」
「言わなくてもわかるよ」

 ――好きだからね。
 真っ直ぐ目を見て念押しされた。

「そんな顔しなくていいよ」

 ポンポンと私の頭を優しく叩くその手はあの日そうしてくれたのと変わらない。

「成瀬ぜんっぜんなびかないんだもんなぁ。口を開けばにいのことばっかだし」

 先にそばにいたのは俺なのに。頭に手を置いたまま彼がそう言葉を繋げた。
 ここで私が涙を流すのは違う。

「雨の日に会えた時はチャンスだ! って思った。弱ってる時に……って恋愛の常套じょうとう手段でしょ? 成瀬には効かなかったから意味ないけどね。と、成瀬への八つ当たりはここまで」

 でも、最後まで佐伯さんの目を見ていられなかった。

「佐伯さんの素直な気持ちを聞いた時は嬉しかったです。私を支えてくれたその優しさの中にいればすごく幸せだろうなと思います」

 佐伯さんは喋らない。

「佐伯さんの優しさを利用してごめんなさい。私もひねくれ者なんです。どんなことを言われても新倉のことが気になって仕方ない」

 両手を膝の上で揃え、頭を下げた。

「やっぱ、にいには敵わないな」

 佐伯さんの声がぽとりと床に落ちた。
 そのあとすぐにこんなこと告げた。

「じゃあ、利用ついでにもう少し俺を利用する気ない?」

 とっくに自分自身の許容量を超えていた私は迷わず首を縦に振った。
 あざとくなったね、と佐伯さんは少しだけ笑った。
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