嘘のつくりかた

12.かたむいたシーソー

「今度予定している新しいプロジェクトの社内コンペに新倉と成瀬、参加してみないか」
「部長。それは二人で、ということでしょうか?」

 すぐに口を開いたのは新倉だ。

「何か不都合があるか?」
「いえ」

 新倉の否定に曇りかけた部長の顔が戻った。

「二人とも入社してしばらく経つが未だにお前たちのプレゼンが印象に残っているんだ。二人が協力したらどんなものが出来上がるか見てみたいと思っていたんだ」

 仕事が一段落したところで部長に呼ばれて命じられたのはやりがいのある大きな仕事。
 部長がそんな風に自分たちを見てくれているとは思わず、二つ返事で受けた。
 ただ、新倉の言葉が気になった。

 話が終わり、ミーティングルームから出ても新倉とは視線が合わなかった。
 席に戻っても隣は一言も何も話し掛けてこない。
 協力し合わなければもちろん進まない仕事で話し合うことはたくさんある。新倉から話し掛けてこなくとも私から話を始めればいいだけ。
 そういやわからない時はいつも隣がお節介、いや話し掛けてきたんだっけ。パソコンの画面のカーソルはタイトルを打ったところで点滅したまましばらく動いていない。
 埒らちが明かない、息抜きでもしようと立ち上がった弾みで椅子が後ろに勢い良く下がってしまった。
 思わず肩をすくめて目をつぶった。が、後ろの壁にぶつかった音がしない。
 代わりに椅子を受け止めた軽い音と共に気配がした。その主は掴つかんだ背もたれを押して椅子を元の位置に戻してくれたようだった。
 その間わずか5秒。
 最初の音からすぐに後ろを振り向くと慣れた手つきで椅子を戻す新倉が見えた。
 ……もしかして見てた?
 “何やってんのよ”という皮肉もなく、新倉は無言で自席に戻っていった。
 その様子に言葉を失った。

「成瀬!」

 明るい声の主は佐伯さんだった。
 自分の席から佐伯さんの側まで小走りで近寄っていく。早く重い空気から逃れたかった。

「もう怪我は大丈夫? お尻の」

 佐伯さんは一応気を使ってくれたのか最後は小声だった。

「実はまだ痛いです」
「そんなに大声出したら皆に気付かれるよ」

 クスクス佐伯さんが笑う。

「病院は行ったの?」
「いえ、まだ。理由が理由なので恥ずかしくて……」
「いい病院知ってるから紹介しようか?」

 まだ佐伯さんの笑いは止まらない。
 でも、心配してくれるのは有り難いし、この痛みが一刻も早くなくなるのならとお願いした。

 戻ると自席の机の上にA4用紙が1枚。
 性格の通りの常識にとらわれない破天荒な文字でコンペについてのアイデアが書いてあった。
 思いっきりはねて、伸び伸びとはらった文字。何より文字が上下に飛んでて読みにくい。っていうか直接言え。
 隣は私からの視線をよそにパソコンの画面とにらめっこをしている。

「新倉」
「……」
「にーくらさん」
「……なに」
「これは何かしら?」

 未だこちらを向かない新倉の目の前に先程の紙を突きつけた。

「今度の企画に関する資料」

 新倉は煩わしそうに目の前の紙を取り除こうとするが、私は負けずに顔の前から離さずにいた。

「資料じゃなくてあんたの思いつきの羅列でしょ。二人の仕事なんだから話し合おうよ」
「……俺、今週末までに仕上げなきゃなんない仕事があんの。それまでそれを踏まえて進めといて」

 横柄な態度に輪をかけているのがそのふてぶてしい物言い。
 その日一度も目を合わせることもなく、新倉と交わした言葉はそれだけ。

*

「ケガ、早く治りそうで良かったね」
「はい! 正直言うとここ数日椅子に座ってるのも辛くて……あ、また笑う!」
「ごめんごめん」
「病院教えて頂くだけで良かったのに送ってまで頂いてありがとうございます」
「そりゃ、好きな人の為ならね」

 仕事後に佐伯さんに病院まで送ってもらった帰りの車の中。
 佐伯さんはニコニコと前を向いてハンドルを握っている。
 好きな人。改めて言われてしまうとどうしていいかわからなくなってしまう。
 居酒屋で言われたことは冗談なんかじゃなかったのだと、改めて確信する。

「……ストレートに言われると困るんですけど」
「俺は困らない」

 言い切る佐伯さんに怒りどころか心が和む。

「やっと笑った」
「え?」
「ずっと様子がおかしいし笑顔も引きつってたよ。俺のせい?」
「いえ……」

 どう答えたらいいかわからず、黙る。
 少し開けた窓の隙間から流れてくる初夏の空気。まだ湿気を含んでいない風はひんやり冷たい。

「社内コンペに参加するように言われたんだって? にいと」
「話が早いですね」
「俺、これでもエースって言われてるんだけど知ってた?」

 おどけてそう答える佐伯さんに笑みがこぼれる。

「他にも実力ある社員ばかり声が掛かってるようなので正直どうなるかわからないですが」

 新倉と話せない状況の今では企画をまとめられるかさえわからない。
 昼間の新倉を思い出した。

「成瀬もその1人でしょ、そんな気持ちじゃコンペ勝てないよ。はい、着いた。ほんとにここでいいの?」

 少し、気持ちを見透かされたような気がした。
 自宅の最寄駅のロータリーに佐伯さんが車を寄せる。

「はい、近くの本屋に寄って行きたいのでここの方が助かります。佐伯さんはこれからもう1社ですか?」
「遅い時間でないと捕まらない人がいてね。じゃ成瀬、また明日ね。お疲れ様」
「お疲れ様でした、お気をつけて」
「成瀬、ごめんな」
「何がですか?」

 佐伯さんは少し視線を外しまた元に戻した。

「成瀬は成瀬のまま、仕事頑張って」

 去っていく車に軽く頭を下げた。
 全ては杞憂きゆうなのだと自分に言い聞かせ、本屋へ資料探しに向かった。
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