嘘のつくりかた
11.だけど、言葉とは裏腹にこの手を離せない―side S
いつものように飄々とした表情で会社の廊下を前から歩いてくる男。その男の目の前に左手でドンと壁をついた。
行く手を阻まれた男は驚くこともなく立ち止まった。
「おいおい、男に壁ドンなんて……俺そんな趣味ないからね? 青ちゃん」
俺にだってそんな趣味はない。こうでもしてにいを捕まえないと、のらりくらりとかわされてしまうのがわかっていたから。
この時間なら人があまり通らないことも確認済みだ。
真顔のままのにいの冷やかしを聞き流し、真っ直ぐ切り込んだ。
「成瀬に何したの、にい」
事のあらましは成瀬から聞いていた。けれどこいつはどう思っているのかがずっと気になっていた。
にいは表情を少しも変えず口を開く。
「青ちゃんさ、成瀬のこと好きなの?」
「好きだよ」
にいの目が大きく見開いた。俺を動揺させるつもりで仕掛けた挑発だったのだろう。
俺は覚悟を決めた。
否定したって仕方ない。正直に答えた。
「あら、取り繕うのはやめたのね」
何かを悟ったようににいが答える。
そして俯き加減で頭をかき、ひとりごとのように呟いた。
「なんか突っかかってくんなと思ったら気のせいじゃなかったわけだ」
こんな調子で論点をずらして煙に巻くのがにいのやり口。
それに乗せられたら意味がない。
「にいの行動力は羨ましいと思うけど、力づくってのはどうなの」
「何のこと」
「成瀬、この間泣いてたよ」
にいの口の端が一瞬引きつった。
ずっと観察していなければ見逃すほどの小さな反応だった。しかしすぐに無表情に戻る。
それからにいは面倒くさそうに答えた。
「青ちゃんには関係ないでしょ」
無機質な冷たいにいの目が俺を見た。
「珍しいね、青ちゃんが人の為に動くの。本気なんだ? 成瀬サンのこと」
淡々と、感情の起伏なく挑発してくる。
「青ちゃんに相談するってことは気があるのは明らかにそっちでしょ。抱き合うほどの仲みたいだし?」
「なんのこと?」
思い当たるふしはあったがにいが何故俺に対してケンカ越しなのか探りたい。
「イチャイチャすんのはそっちの勝手だけど、あんな目立つところでやんないでね。お陰で風邪引いたのよ、俺」
俺の心当たりとにいの苛立ちの原因は同じあの雨の日のことだった。にいに見られていたとは思わなかったけれど。
抱き合っていたのはにいの誤解だが、俺自身に何もないわけじゃない為、否定はしないでおく。
自分こそ動揺しているのか、成瀬への執着を認めたことをにいは気づいていない。
「お前、それでいいの?」
「いんじゃないですか? 俺のもんじゃないし」
「すぐに諦めるのやめたら、もっといいことあるんじゃないの」
「お似合いじゃない、二人」
そしてもう力の入っていない俺の右腕をうっとうしそうに払い、目の前を通り過ぎていく。俺と視線を合わせないまま。
その背中に毒づいてやろうかとも思ったがやめた。
自分に自信がないからこそ強引に立ち回り、結果人を惹きつけるにい。無自覚なのが俺は怖かった。
にいを挑発したかったのか宣戦布告がしたかったのか自分でもよくわからない。
ただ、これ以上あいつのせいで彼女が泣くのを見たくなかっただけだ。
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