Kissからはじまる。
You want it



同じように繰り返される日常は別に嫌いじゃない。
毎日のように学校へ行き、いつものように生徒会の雑務をこなし、いつもと変わらない話をする。
だから一日でも違ったことがあると不安になる。
突然崖の上から突き落とされるようなそんな感覚。
ただ、その繰り返しにタイムリミットがあると気付いてしまってからは。
それを維持する方法を考えていた。
考えあぐねながらも結局は毎日同じことを繰り返していた。



「・・・・・・ずーみっ。和泉。和泉会長。聞いてる?」
窓を覗けば見える景色だが気付けば今日はずっと見ている。
「和泉」
軽く体を揺さぶられて部屋の中へ視線を戻すと自分の他には男子の書記が一名。
「あれ、他のみんなは?」
「持ち回りの仕事してる。お前、他の奴らが出て行くとき返事してただろ」
まだ少し頭がはっきりしない。
「・・・・・・そう言えば」
「まぁ、でっかいイベントって言っても大体は実行委員に任せてあるし、
当日まで特にすることもないけどさ」
「うん」

あれから何事もなく時間は過ぎ、放課後は生徒会室で仕事をしていた、のだが。
その間の記憶があまりない。
「・・・海岸で」
中途半端だけれど、それ以上続けるのはやめにした。
その次の言葉がすぐには出てこなかったのと、
彼女がその続きを気にして来てくれるかもしれないという淡い期待というこじつけの元に。


生徒会室の外が騒がしい。
角を曲がった先には会議室がある。
手元の時計を見ると七時を少し過ぎた頃。
「実行委員会、終わったみたいだな」
「お疲れ様っ」
取るものとりあえず、相手の返答を聞かない内に生徒会室を出た。



「こ、ここに・・・いた」
海岸に美里はいた。
僕の思惑を知ってか知らずか、校舎からは見えない位置にいた。
そのお陰で僕はそこら辺を走り回ることになったのだけど。
肩で息をしながら顔を上げると、ぶはっと美里が吹き出した。
「何・・・?」
「眼鏡ズレてる」
辛うじて鼻にひっかかっているフレームを中指で元の位置に直す。
「美里、笑い過ぎ」
「だっていつもすましてるだけにその顔おかしい」
くしゃくしゃに顔を崩して笑っている彼女を横目に僕はわからないように深く息を吐く。
「体育祭の準備は大丈夫そう?」
「もちろん。あと少しだからねー」
二つに結んだ彼女の髪が潮風になびく。
普段は幼い顔の彼女だけど、こうしていると美人だと思う。
大きな目とすらっと伸びた手足。身長は僕の肩に届くか届かないくらい。
横に立つ時は離れろといつも怒られる。自分の背の低さが余計目立つからと。
そのコンプレックスを打ち消すくらい、彼女にはいいところがたくさんあるのを
僕は知っている。
その容姿だって僕は気に入っているのだけど。
沈みかけた日に透けた美里の髪に触れたい衝動に駆られ、それをぐっと抑える。
波がゆっくりゆっくり引いては押し、押しては引くという繰り返しを
両手の指では数え切れないくらい見送った後。

「美里さ、進路決まってるの?」
声を出すのが難しい。
予想以上に上がっている自分に驚く。
声が震えないようにするのが精一杯だ。
「和泉は?」
美里が海を眺めたまま答える。
質問を質問で返される。
自分が答えたくないときに美里がいつもする行動。
波が少し大きくなった。
「今聞いてるのは僕の方」
「和泉が言わなきゃ私も言わない」
断固として譲らない彼女。
一度言ったら聞かない、良く言えば有言実行の彼女だということを知っているから僕はいつも美里の言うことに二つ返事で答える。
髪を二つに結っているのは自信家でプライドが高いことを彼女は自分で知っていて
それでも自分を女の子らしく見せたい為なんじゃないのかと僕はたまに思う。
そのギャップがかわいくて僕はついそれに手を伸ばしてしまう。
その時も自分が話していることを忘れて彼女の髪に手を触れた。
「和泉?」
それが引金になった。
彼女が振り返った拍子にほんの一瞬、彼女の唇に自分のそれを重ねる。
大人しかったのはその一瞬だけで。
すぐに美里は僕の腕の中から逃げようとした。
少しだけ腕に力を入れて僕はそれを防ぎ、また彼女の唇を塞ぐ。今度は深く。
美里がせまい腕の中で逃げて唇が離れる度に僕をそれを繰り返した。
その直後。
ものすごい力で胸を突き飛ばされた。
彼女の唇が何かを告げようと形を作ったが途中で諦める。
走っていく彼女の後ろ姿を僕は尻餅をついたまま小さくなるまで見送っていた。


その次の日から美里は僕をあからさまに避けた。
避けて当然だと、僕も思う。
理性のたががあんなにも脆いとは思わなかった。
僕は彼女といられる日常を繰り返したかったはずなのに。
壊してどうする。

席が前後にも関わらず、僕が美里と目を合わす事は偶然以外皆無に等しくなった。
プリントを後ろへ回すのに僕が振り向いても、美里は手だけを出して顔を上げようとしない。
数学の問題がわからない振りをして美里に聞こうとすると
「和泉のわからない問題が私にわかるわけないじゃない」
と冷たくあしらわれる。
昼休みに実行委員の仕事を強引に頼まれることもない。
会長特権を使って実行委員を呼び出してみたりもしたが代理を立てられ、本人は現れない。


いくら辛抱強い僕でもここまでされると正直キツイ。
自己嫌悪は嫌になるほどしている。
僕はまだ、何も告げてない。
このまま諦めてやるものか。
まずは彼女を捕まえて、それからだ。


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