「ねぇねぇ、何か面白い話ないの?」
しばらくパソコンの前で作業していた杉本が椅子はそのままに体だけ柚香の方に向いて話しかけてくる。
「面白い話って?」
杉本は自分の作業に飽きたのだろう。いつものことだ。柚香は話半分に返事をする。
「決まってんじゃん、香月サンの恋愛話」
2回生の時のゼミ研修でうっかり恋人の愚痴を言ってしまったばかりにそれ以来、何かとその話を聞きたがる。いちいち答えてやる必要もないのだが、杉本は柚香の話に正論で答えてくれるので柚香もつい話してしまう。
「何て言うか、優柔不断って言うか、意気地がないっていうか」
「香月サンさ、そんなに彼氏の愚痴言うくせに何で付き合ってんの?」
それが杉本には不思議でならない。
「何でだろうね」
決まってそう返ってくる。まぁ、俺には関係ないし、聞いてて面白いからいいけど。
心のなかで呟きつつ、クルッと体をパソコンの方に向き直し作業を再開する。明日の会議で使うレジュメをさっさと作成しておかなければならない。
それ程広くない自治会室。パソコンは自治会に1台、サークル連合に1台、予備の計3台。柚香は朝からずっと1人で作業している。
サークル連合の場合、立候補で入ってくる自治会役員とは違い、各サークルから”イケニエ”のように1名ずつ募って役員をやっているわけだから好きでやっているものばかりではない。
幸か不幸か、こういった仕事が嫌いではない柚香は大抵1人で自治会室に残って作業している。
また今日も。
コンコン。
静かに自治会室のドアがノックされる。
「はい」
杉本がドアを開けると阿里が立っていた。
「会計処理終了! 先生まだ残ってたからハンコもらえたよ~。あれ、香月さんまだやってたんだ。無理しちゃだめだよ~」
「うん、これやったらね」
「じゃあ、それ終わるまで待ってようか?外かなり暗いよ」
「え、マジで!? じゃあ、早くやっちゃお」
――なんか男女の友達って言うより、女の友達だな、あれは。
杉本はそう思いながら二人の会話を聞いていた。ノリが一緒だ。
柚香は急いでプリントアウトし、人数分プラス5枚コピーする。いつも何だかんだで何部か足りなくなる為、必要なことだ。
こんなことまでやって私ってお人良し。そう一人ごちながら一部ずつホチキスでまとめていく。
「今日の晩御飯はカレーだよ~。牛のテールを炊飯器で1日中炊いてるんだ。こうすると肉が柔らかくなっておいしいんだよ。コンロの火をつけっ放しで危ないってこともないしね」
持ち帰った書類をファイルにしまいながら阿里が嬉しそうに話す。
「庚がいると食事が楽だ~」
会話だけ聞いているとまるで夫婦のようだ。柚香は思いながらも口には出さない。杉本に何を言われるかわからないから。
仕事している間の杉本はテキパキとしてカッコ良い。ルックスも悪くないので学内で彼の顔を知らない女の子はいないんじゃないかというくらい顔が広い。自治会役員をやっているお陰というのもあるけれど。
そんな杉本も阿里の前では子どものようになる。気の置けない相手なのだろう。
「できた!!」
「じゃ、鍵閉めて出よっか」
部屋を出て鍵を閉める。
「俺、鍵返してくるから先に自転車置き場行ってて」
そう言われて柚香と阿里は手を上げて返事した。
「「は~い!」」
なんだか幼稚園の保育士の気分だ……杉本が片手で頭を抱える。話に夢中になっている彼らが杉本の様子に気付くわけがない。