嘘のつくりかた
番外編 3秒後に世界が終わるなら
2.知ったばかりの笑顔
女子社員とは一定距離を置いていた。不自然に思われない程度に。面倒だったんだ。
「佐伯さん、今日皆で飲みに行きませんか?」
「ごめん俺今日取引先と約束あるんだ」
会社にいなくても済むようにと外に出ていたらいつの間にか成績は上位に食い込んでいた。
そのおかげで使い古された陳腐な言葉でもバリケード代わりになった。
*
彼女もすぐに音ねを上げると思っていた。
「若いのに実力ある君だから付き合いを続けてるけど、更に若いしかも女の子なんて使えるの?」
取引先に成瀬を同行させた時に最初に言われた言葉。
見た目で判断して中身を見ようとしない典型的な人間。俺も最初は同じようなことを言われた。
「至らない点はこれから頑張ります。よろしくお願いします」
顔色一つ変えずに答えた成瀬に少し見る目を変えた。
「俺の担当、キツイとこばっかりでしょ、ごめんね」
帰りの営業車の中で成瀬に語りかけた。
あれから担当者の松本さんに対して強気の姿勢を保ち続けていたものの、車に乗ってしばらく一言も話していないことが気に掛かっていた。
「関係ありません。佐伯さんについていくだけですから」
「お、頼もしい」
「なんて強がりですけど」
いくらか弱気な発言が返ってきたことに安心する。
俺にまで虚勢を張っていたんじゃこの先もたないだろうから。
「申し訳ありません」
「やる気あるの? やっぱり女の子なんて使えないね」
商品の発注ミス。日頃ミスのないように気をつけていたことに慢心し過ぎて招いた。
K製薬の松本さんはこういったミスが大嫌いな人だった。
「あります。一生懸命させて頂いています」
「それがこれ?」
「それは……私の」
彼女の前に一歩進み出て有無をいわさず言葉を止める。
「GOサインを出したのは私です。私の責任です」
松本さんの怒りの矛先は俺に向く。
さっきまで成瀬を睨みつけていた視線を俺に代えた。
「大丈夫なの? 女性の仕事はイマイチ信用出来ないんだよね」
「大丈夫です」
俺を凝視し続けている彼の目を真っ直ぐ見据える。
松本さんは目を伏せてふーっと深く息を吐いた。
「今回は佐伯君の顔を立てるけどこの次はないよ」
「すみませんでした」
K製薬のビルが見えなくなったところで成瀬が頭を下げる。
「あの場で潔くいさぎよミスを認めたことは褒めるけど、無責任に責任をとりますなんて言わないように。言おうとしてたでしょ」
「はい」
「逆に無責任だと思われるからね。成瀬が責任とったところでどうにもならないから」
泣くかと思った。自分でもキツイ言い方をしたと思う。
「はい」
返ってきたのは強い意思。
「私一人でやるとまた同じことを繰り返すのでもう一度指示後チェックお願いします!」
「了解」
後輩を応援してやりたいってこういうことかな。
笑みが自然と零れた。
「やればできるじゃないか。前より良くなったよ、成瀬さん」
松本さんが初めて成瀬の名前を呼んだ。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします」
帰りの車の中。
成瀬は黙ったまま外を眺めている。
「成瀬、今日はお疲れ様。たぶん成瀬のこと認めてくれたよ、松本さん」
「本当ですか!?」
車を運転していなかったら飛びつきそうな勢いの嬉しそうな悲鳴のような声。
やっぱり不安だったのだとそれでわかる。
「楽しいですよね」
「ん?」
信号が赤になった。
「佐伯さんがこの仕事を好きな気持ち分かります。私も楽しいです!」
そう言った彼女の笑顔が忘れられなくなった。
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