Kissからはじまる。
One more


ボーッ・・・・・・
「何もすることないから別にいいんですが、会長。
 動いてください。人形みたいです。さっきの挨拶もロボットみたいだったし」
「ん、ああ、ごめん」
投げられた言葉には答えるが再びボーっとする。
開会式の挨拶は予め文章を考えていたからそれをなぞっただけ。
その後は生徒会執行部のテントでボーっと座っている。
朝からずっとその状態。
美里に言うことを言ったら頭が真っ白になった。
何も考えられないというわけではなく、反対に頭の中がクリアになって何もない状態。
ずっと伝えたかった言葉を言ってしまうと後には何も残らないものなのか?


「和泉、この集計表どこ置いとけばいい?」
「美里の手前にある、そう、それ。
その箱の中に入れておいてくれれば後でこっちで整理するよ」
仕事となれば慣れたことだから考えずとも体と言葉は動く。
徒競走が終わってすぐ美里がテントに来た。
てっきり僕は何も言わずに集計表の紙を置いていかれるのかと思っていたのだが
少し拍子抜けした。彼女は普通だ。
前みたいに俺を避けようと思えば避けられるのに美里は度々生徒会執行部のテントにやってきた。
責任感の強い彼女のことだ。
仕事を放棄するなんてしないだろう。
「点数の集計も普通なら私たちの仕事でしょう」
「実行委員は当日バタバタして大変でしょ。
そういう雑用はこっちで引き受けようと思ったの」
「和泉の発案?」
「うん、でもみんなも賛成してくれたよ」
「お人好し生徒会」
「生徒会は生徒の皆さんの役に立つのが仕事ですから」
美里が少し笑った。
「美里は何の競技に出るの?」
彼女が少し面倒くさそうに答えを返した。
「障害物競走」
「ぷはっ」
「絶対笑うと思った」
去年の体育祭、美里は今年と同じ障害物競走に出ている。
梯子を潜り抜け、ハードルを飛び越えてトップを走っていた。
けれどもその先の跳び箱に勢い良く頭をぶつけたのだ。
突然、大きな衝撃を受けて動けなくなっている間に一人、また一人と抜かれ、結果は4位。
「今年は跳び箱ないよ」
「そうだけど、トラウマはなかなか消えないんだよ!?」
必死な顔がおかしくて笑ってしまう。
「今度はネットに引っかかるかなぁ」
「そこまで間抜けじゃない」
「楽しみにしとく」
「和泉は何に出るの」
「出ないよ」
「最低1競技は出る決まりでしょ?」
「会長権限」
「職権乱用だ」
話しながらも僕の視線は彼女の口元に。
もう、彼女の了解なしにするのは嫌だけど。
「和泉」
その唇が静かに僕の名前を発音する。
その瞬間実行委員召集のアナウンスが掛かった。
彼女が何を言いたかったのはわからない。
でもごめん、今は聞きたくない。
「行ってらっしゃい」
にっこり微笑んで片手を彼女に向かってひらひらさせた。


美里をそういう対象として見始めたのがいつのことなのかはっきりわからない。
なんとなく気になっていて、それがはっきりと形になったのはたぶん一学期の途中。
思い詰めると衝動的に動いてしまうという自分を僕は初めて知った。
美里にしたこと全て。
髪の毛を引っ張ることも彼女の頭を触ることも、
「そうしている」と僕自身が気付くのは手が出てしまった後。
あの昨日の告白の後、美里は僕から逃げるのはやめてくれたけど
僕を恐れているのはわかる。
彼女が言葉を選んでいるのがわかる。


障害物競走は午後一番の競技だ。
僕はトラック全体が見渡せる特等席の生徒会のテントから見ていた。
彼女はハードルを軽々と飛び越え、平均台もあっという間に渡り、最後のネットも引っかかることなく潜り抜け一番にゴールした。
赤いハチマキが一本、ネットに絡んでいたけどね。

準備にあんなに時間を掛けたのに終わってみるとあっけないもので。
体育祭の片付けをするのは例によって生徒会と体育祭実行委員。
クラスごとにある程度片付けはするが、最後のチェックは僕たちの仕事。
僕は体育祭に使った用具の整理をしていた。
用具はその都度片付ける為、大幅に片付けるものはないからやることは数が揃っているか、最終確認。
「まだくっついてる。すぐ向きになるよなー」
そういうところがかわいいんだけど。
ネットには美里が引っ掛けて残したと思われる赤いハチマキが一本絡んでいた。
かがんで絡んだハチマキを手に取る。
少し複雑に絡んでいてなかなか取れない。ふと、人影で手元が暗くなる。
「お疲れ様」
美里はもう制服に着替えていた。
顔はちょうど逆光になっていて見えない。
「お疲れ」
「それ終わったら終わりだって」
「OK」
チェックは済んでいたので、体育倉庫に用具を片付ける。
その間僕たちは無言だった。

なんとなく二人一緒に学校を出る。
美里が僕の前を歩き、その後を少し遅れて僕が歩く。
「あたしさ、賭けをしてたの」
彼女が突然口を開く。
僕はそれに答えずいると美里がそのまま続ける。
「リレーで失敗しなかったら」
そこで美里が黙る。そのまましばらく歩く。
その先を美里はなかなか言わない。じれったくなって先を促した。
「失敗しなかったら、なに?」
「勇気が、出るかもしれないと思ったの」
信号が赤になり、彼女の足が止る。
やがて僕もそれに追いつき彼女の隣に並ぶ。
目の前を車が通り過ぎる。
少し薄暗くなった視界をヘッドライトの光の線が右から左でたくさん流れていく。
「好き」
「え」
信号が青に変わった。
何事もなかったように美里はすたすたと歩き始める。
あまりにも自然に言うものだから歩くことを忘れていて僕は出遅れた。
ああ、そうか。
「ねぇ、美里」
「ここの横断歩道長いから早く渡らないと途中の道で取り残されるよ」
もう彼女との距離を保っている必要はない。
「菜摘っ!」
横断歩道が途切れ、また始まる中間地点で彼女の手を掴んで引き寄せる。
「キス、してもいい?」
「なっ、なに考えてるの和泉。ここがどこかわかってる?」
「うん。でもしたくなったから」
彼女の頬にキスをした。
見る見るうちに彼女の顔に熱が帯びるのがわかる。
「顔が真っ赤だよ、美里」
「メガネ、邪魔じゃないの」
「大丈夫」
そっぽを向いた彼女の顔に手を当て僕は彼女の口を塞いだ。
「大好きだよ」
そうして彼女を両手で抱きしめた。

今度は警戒していなかったのでそのことは学内にすぐに広まった。
美里はまた口を聞いてくれない。
でも、僕といるとき少し離れて歩いていた彼女は僕の横を歩くようになった。
あまのじゃくな彼女との日常は退屈しない。
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