瞬間メディアジャック
瞬間メディアジャック
side Konno.N
終業を告げる鐘の音が鳴り終わって彼是どれくらい経ったか。
机に向かい日誌を書いているもう一人の日直の姿を視界の端に入れつつ本のページをめくった。まだ中盤だった話もいつの間にか終盤に差し掛かりそうなのはこれが二度目の読書のせいか彼女のせいか。
「日誌を書くだけで何をそんなに悩む必要があるの」
それ程時間も掛からないと踏んで机を背もたれに読書を始めたのが間違いだった。そろそろ、背筋がダルい。
「急かされると余計焦るから黙ってて」
俺は天井に深くゆっくりと息を吐き、本に視線を戻す。日直の相手が彼女だったのが運の尽き。
再度流れる静寂。
時折聞こえてくるのは紙をめくる音と紙が何かでこすれる強い音。
ドダダダダダ、ガラッ。
「望月もう終わった?」
教室に入ってから体裁を整えたところでさっきの足音とその息づかいは隠せないと言うのに。
少しだけ深く呼吸をしているのみで肩で息をしていないところはさすが、というべきなのだろうが。
「紺野も一緒か」
まただ。
彼が俺に向ける視線は何か含んでいる、というかそれは一つしかないが。それをそんな攻撃的に向けられる覚えは俺にはない。
本を閉じ、まだ机に向かっている彼女に声を掛ける。
「望月、後やっとくから行っていいよ」
彼女の手の中の日誌をつまみ上げ、自分の手元へ置きパラパラと眺めた。
「いいよ、最後までやる」
「ちょうど読み終わったし。急ぐんでしょ」
と、教室の入り口へ視線を投げる。
「じゃあ、お願いする。でも読みやすい字で書いてよね」
そう言い捨てるが早いか望月は必要なものだけを鞄に放り込み教室を出て行った。
――君よりかはいくらか綺麗な字だと思うけどね。
日誌に目を通しながら、そう心の中で返す。ふと、背中に気配を感じて振り返るとこちらに視線を向けたままの西崎がいる。
俺と目が合うと彼はそのまま望月を追いかけて走っていった。
日直の仕事を終え、鞄を手に持ち職員室へ向かう。日誌を担任へ渡せばやっと日直の仕事が終わる。
階段へ差し掛かったところで言い争う声が聞こえてきた。いつもなら別の道を選ぶところだが職員室への道はここが一番近い。面倒なことに巻き込まれる前にさっさと通り過ぎればいいだろう。
足早に階段を一歩ずつ降りていく。と、人影が見えた。ひとり、ふたり。女子生徒を抱きかかえたまま座り込んだ男子生徒。その内の一人と目が合った。見覚えのある、意志の強い目。西崎だ。
俺を見て西崎が声を洩らした。それに反応して彼の腕の中の女子生徒も振り返る。望月だった。
ボーっとした顔の望月が少し気になったが、何も声を掛けずにそのまま俺は踊り場を通り過ぎ、その場を後にした。
*
昼休み。弁当を食べ終えて教室の外へ出た。自動販売機からコーヒーを取り出し顔を上げると仏頂面の西崎が立っている。最近よく会うな、こいつと。
いい加減視線が痛いが気付かない振りをして教室に戻ろうと西崎の目の前を通り過ぎた。
ガコン。
「うわ、間違えた。甘いの飲めねーって・・・」
誰に言うでもなく一人ごちている西崎。彼の手元にはイチゴオレ。
「やるよ」
別にそんなつもりはなかったが俺はそれを反射で投げていた。投げたコーヒー缶は綺麗な放物線を描いて西崎の方へ飛んでいく。
西崎は驚きながらも目の前に飛んできたそれを目測を見誤ることなくキャッチした。
「こんっ・・・!」
西崎が何か言いかけたようだったが俺が自動販売機の前に立つのを見てやめたのかその後の言葉は続かない。
「お前さ、何考えてんの?」
「気にしなくていいよ。俺も甘いものは苦手だから」
「そういうことじゃなくてさ、普段何考えて過ごしてんの」
「別に西崎に分かってもらわなくても困らない」
すぐに西崎の気配が殺気立つのが背中越しでも分かる。感情の起伏が激しい日常を繰り返してることに疲れないのか、その方が俺には疑問だ。ポーカーフェイスができるようになればもう少し上手くやっていけるだろうに。
「この間もそうやって通り過ぎていったろ」
「この間って?」
「階段で!」
西崎の語尾がどんどんキツくなる。言葉少なでも何のことかわかった。
ガコン。
「ヒューヒューとでも言って欲しかったのか?」
「紺野でもそういうこと言うのか、っていうかお前言うことがたまにオヤジくさい」
買ったコーヒーを一気に飲み干し、ゴミ箱に投げ入れる。
「昼休み終わるぞ」
「望月のことどう思ってんの?」
「どうって?」
「そのままの意味だよ」
「どうと言われても。もう少し要領良く動いてくれればいいのに、と思うよ。俺が迷惑するから」
似たもの同士だよなと思いつつ教室へ戻る。ガンと壁を蹴る鈍い音と小さな呻き声を背中で聞きながら。
*
地面を叩く雨の音。それほど量は降ってはいないが、すぐに止みそうにもない。
教室では一定間隔で紙がずれる音が響いている。それに混じって聞こえてくるのは時間潰しの読書を邪魔する「あー」とか「うー」とかいう呻き声。
「何やってんの」
姿勢はそのままに、首だけをその声の主へ向ける。
「何でもない、読書の続きをどうぞ」
「大きな声で唸ったり、シャーペン投げられたら気が散って仕方ないんだけど」
「う」
本を置き、彼女の側へ行くと机の上にはノートが広げられている。ノートにはびっしり隙間がない程字が敷き詰められていた。
「練習メニュー?これ、いつも望月さんが考えてるの?」
「これもマネージャーの仕事だから」
ノートに視線を落としたままの望月が答える。
「すごくスパルタなマネージャーだな」
非常に持久力の必要なサッカーだとはいえ、このメニューに最後までついていくのはキツイはず。
「一人で考えずキャプテンと考えて決めたら」
「この間このことでケンカした」
俺は小さく息を吐く。気にせず望月は先を続ける。
「キャプテンに新しいメニュー取り入れようってこの間提案したらこっちが何も話さない内から"ダメだ"の一点張り。この間、練習試合の後片付けしてるときに聞こえてきたんだ。"うちのサッカー部は詰めが甘い、やる気があるのか"って。持ってたクーラーボックス投げつけてやろうかと思った」
「望月が踏みとどまってくれて良かったよ」
茶々を入れたつもりだが、熱が入っているのか望月は言い返してこなかった。
「悔しいじゃん、そんなこと言われるの」
「それ言ったの」
「本人たちの耳に入れなくていいことだから」
ポンポン。望月の頭を軽く叩く。
「な、なに?」
「けど、そのメニューはさすがにきついと思うよ素人目から見ても」
驚くほど自然に出てしまった手をすぐには引っ込められず。それでも拭えない気恥ずかしさをごまかす為に窓へ視線をやる。
静かに聞こえてくる水音。雨はまだ止まない。
「そ、そうやって甘い顔してるから対戦相手にあんなこと言われたの。もっかいキャプテンに言ってくる!」
望月がそう言って急に立ち上がった。まだ望月の頭に手を置いていた俺はバランスを崩しよろめいた。
「ごめん!」
だってこの言葉だけは伝えたくて