従順インプット
瞬間メディアジャック
side Nishizaki.T
「呼びに行った俺を置いてくな」
練習が始まっても姿を現さないマネージャーを呼びに来たのに当の本人はもう、少し声を張らなければならない距離を歩いている。
「ごめん、勢いで」
望月の歩く速度がゆっくりになった。
「だってあんな言い方されたら誰だってイライラする」
俺には怒っているというよりもイジケているようにしか見えない。
「日直の仕事代わってくれたんだろ。いい奴じゃん」
零れそうになった紺野への嫉妬を何とか底へ押し込める。
それに追い払ったのは望月じゃなくて俺だろ。紺野が何を考えているのか知らないが、自分を疎ましく思っているのは間違いない。
「あんなの優しさじゃなくて自分がやった方が早いからだよ。私がなかなか日誌を書き終わらないのに業を煮やして体よく追い払う方法を思いついたのよ」
望月の足が止まった。
「もうすぐ北高との練習試合だね。頑張ってね、またお弁当作ってくから」
望月が振り返ってにっこり笑った。
*
まだサッカー部にマネージャーのいなかった頃。自分たちの手には負えなくなってきていた部内の雑務。落ち着くまでと一時的にサッカー部へ来たのが望月だった。
部員だけでも仕事が回るようになっても「途中で投げるのが嫌だから。っていうより楽しくなってきた!」そう言って笑う望月。
やば、思い出したら顔がにやけてきた。
すーっと目の前を何かが落ちていった。慌ててその落ちていくものを掴んで引き寄せる。ふわっといい匂いがした。
「何してんだよ!」
階段の踊り場に響く声。
「階段踏み外した」
すんでの所で俺が抱きとめてどこも打っていないとはいえ望月の声を聞いてほっとした。
放課後の人通りもほとんどない階段。二人きり。望月を抱きとめた片手はまだ彼女の背中にある。地面に着いていたもう片方の手をドキドキしながら恐る恐る望月の背中に回す。気配を感じて顔を上げた先にいた奴と視線がぶつかった。
「あ」
紺野なら素知らぬ顔でここを通り過ぎて行っただろう。
目が合った相手があいつで、少しの後ろめたさと焦りから咄嗟に漏れた声は大きかった。階段から落ちてまだ呆けている望月が俺の声で後ろを向いた。
紺野は視線をすぐに俺から外し、手の中の日誌を持ち直してそのまま階段を下りていった。顔色も変えず。
色々な思いが混ざったイライラをぶつける先がないまま視線を望月に戻して後悔した。紺野を見る彼女の表情に。
あいつを視線で見送り終わってから、よいしょっと立ち上がってスカートの埃を払う。まだ少しふらついているが頭は打ってないから大丈夫か。顔を上げた望月はもういつもの望月だった。
「ごめんね、西崎。大丈夫だった?」
こんな時に優しい言葉を掛けられると居たたまれなくなる。
「ちゃんと足元見て歩けよ」
そんな言葉が口をついて出た。
「悪かったわよーだ」
タンタンと望月は足早に階段を下りていってしまった。
*
数日後、またもやキャプテンにパシリに使われ望月を呼びにいく。
「望月、キャプテンが呼んでる」
「キャプテン、あれOKしてくれたのかな」
ポツリと呟いた言葉に紺野が反応した。
「ああ、この間の?」
「そう!」
言うが早いか望月はもう教室を出て行った。
「また置いてかれてるよ西崎」
紺野の言葉には反応せず違う言葉を投げる。
「この間のって何だよ」
「行けば分かるよ」
そう言って再び本に視線を落とす紺野。
「興味ないんじゃなかったのか」
「何が」
「彼女に」
こっちを見ずに淡々と俺の質問に返す。こいつに構うのは時間の無駄だと思い望月の後を追おうと踵を返した。
「面白いよな、望月。特に反応が」
「・・・・・・っ!」
自分と同じところで望月のことを気に掛けている。彼女のことをどう思っているのかまだわからない、が。
そう刷り込まれてしまった